霞沢岳 山行報告
2012年4月28日〜4月30日
中野(記録)・日置
今回の春山は良きパートナーを得たのと、天候に恵まれ目的を達成することが出来ました。決して甘く見て計画した訳ではないが、入山2日目疲労困懲状態でBCに辿り着いた、霞沢岳は遠かった。
28日予定通り午前2時半自宅を後に、日置氏別邸に寄り一路『あかんだな駐車場』の筈だが、頭のナビ、インプットを間違いカーナビ無視、予定の高速道路出口を行き過ぎた。高速なのでUターンも出来ず20km以上も多く走り次の出口へ。普通は走った分料金を徴収されると思ったが、同じ頭のナビの持ち主がいるらしく、出口手前で用を足すため寄ったPAで、『高山方面は手前の出口を出て下さいとあり、高速道をUターンしないで、間違った場合次の出口で乗り越し証明書を受け取り清算して下さい』と言う様な張り紙あり、つまり他にも同様間違いのドライバーがいるらしい。次の出口、白川郷で降り係員に事情説明、10分程待ちその証明書を発行受取、正規の出口『飛騨清見』へ、しかしここの係員、要領が解らず他の係員を呼び要約料金の精算を終え一般道に入る。この間1時間程の口ス。前途多難の感あり。
観光客で賑わう上高地に到着、1時間以上の遅れではあるが時間に余裕が有るので問題なし。写真を撮りながら明神へ、指導標通りに右に入り、ゆっくりと3時間足らずで徳本峠に到着。雪道は夏道と異なり、峠に上がるルートは直登出来る、少し時間短縮されたと思う。
徳本峠の小屋は2年程前に旧館を残し新館が建てられた。こぢんまりとした静謐な感じの峠に建つ小屋である。北に下れば明神、南にから東に下れば島々宿に辿り着く。
静謐感が漂う峠、今回は5月の連休だがその感は決して失ってはいない。
涸沢とか槍とも違い、古道の趣がある峠である。霞沢岳に登らなくても、少し上がれば、深谷に位置する島々宿、上高地、穂高の山々が近くに感じ、とても良い処で気にいった。
今回の食事作りは少しずぼらし、水を原則作らず1L200円で小屋から購入した、2Lで400円しかし実際は2.5Lを手に入れた500CCのサービスだ。話が小さいが儲かった気分。その水と本物のビールロング缶800円なりを手にいれ、テント設営後無事到着と明日の登頂を目指し日置氏と乾杯した。
明朝、用足しの為午前3時過ぎ頃テントを抜け小屋のトイレに向かう時、空を見上げれば宝石箱を引っ繰り返した様な輝く星達が目に入った、本日の天気が約束された。気温は然程低くない、昨夜テントから外に出した水が凍っていないのでプラスの温度だ。
予定通り午前三時半にシュラフから抜け出し午前五時二十分にBCを後にする。昨日同様今日も気温が上がり、紫外線を含んだ太陽が照り付ける感じだ。しかしサングラスを車内に忘れ自前は無し、日置氏からの借り受けている物は有るが、昨日テン場で崩壊、片方のツルしか存在しない代物に成り、しかも普通のサングラスではない。プラのレンズ部分に無数の穴が穿孔していて、曇り防止機能付きの優れ物だが、視界が阻害され歩き辛い。但しレンズの曇りは完璧に存在しない。目前に無数の穴がちらつき足元が不安になる。しかし雪盲を防ぐにはサングラスは必需品、以前5月の横尾尾根山行時に、サングラスなしでそれを経験しているので、掛けたり外したりで対応する。
霞沢岳までは少し余裕を見て8時間と踏んだ。五時半出、午後二時半帰りの予定。しかし現実は遠く11時間近くも掛かった。
最初のピークを越しトレースを忠実に辿り行き詰る。消えている。地図を確認、北西に転じる処を行き過ぎた様だ。先行者達も同じ間違いを犯している。戻り、分岐点を右に入りまたトレースを辿るが途中で地形が地図と違うことに気付く。現在地が特定できない、少人数のトレースは付いているが、ルートを外している様だ。二手に分かれ暫くルート捜索に入るが直ぐに見つかる。メインのルートだ、大人数の踏み跡に合流、1時間以上のロス。少し北よりに取り戻った感じだ。
後はその高速ルートに乗れば自然と目的地、霞沢岳山頂を踏める、楽勝と思った。しかし雪山は厳しい。途中何度も踏み抜き、1回は腰までどっぷり嵌り抜け出すのに体力消耗。地図上では近くだが実際は遠く、しかも登りが続く。越してもまた目前に急登が出現その繰り返し。プラプラ状態で頂上に着く。12時前、6時間超も掛かった。
最高の眺めである、穂高連峰が丸見え、左手には笠、錫丈、右手には蝶が遠望、槍は隠れて見えないが、上高地が遥か眼下に望める。帝国ホテルらしき建物も目に入る。
30分程休憩、記念撮影後下山、途中水が少なくなり、雪をテルモスに補給、それも無くなり、雪を食べながらも喉の渇きを持ったまま急ぐが登りと同様何回も踏み抜く。行きも遠いが帰りも遠い。
トレースを忠実に辿っているのに、踏み抜いてどつぼに嵌るのは、日置氏日く、日ごろの行いが良くないことの表れであるとの事。日ごろ良くない行動をしているのだと反省した。その言った本人も結構嵌っている。
行きもプラプラだが帰りも増してプラプラ、スーパードライが目の前にちらつく、下っても更に雪壁に近い急降下があり、それが続く。高速ルートの道だが長い。帰りも遠い。ようやく午後4時過ぎに帰幕。
運動後の水分補給は水またはスポーツドリングが良いとされているが、酒呑みにはビールが似合う。喉を潤し、疲れを癒すのはアルコールが一番と勝手に解釈し一気呑み、充実感を味わう。
テン場では明日下りる人達が殆どで、7張り10数人程度でこじんまり華やいでいる。峠の午後4時過ぎは未だ明るく、気温も高い、外での宴会も問題なし。足らずの水を作りながら呑んでいるとお隣から水が余っているのでと差し入れあり、少し時間と燃料が節約できた。
明日から天候が下り坂との予報だが、後は明日下山し帰阪のみ、連休前半の山行は正解だった。
あくる日、峠を下り明神で休憩していると、労山の○氏一行3人と出会った。小屋泊まりで北穂の東稜を登ったとのこと、高齢者はテントではなく小屋泊まりが基本と教わる、いいな一そんな山行をしたいと強く思った。
その後、上高地経由『あかんだな駐車場』平湯温泉で、遠く笠ヶ岳眺めながら露天風呂で疲れを癒し、高速も込むことなく午後6時半頃帰阪した。
*** *** *** ***
ところで、連休後半は天候が荒れ、5月4日北アルプス白馬岳近くで北九州市の医師達6人全員死亡、同日爺ケ岳で一人と涸沢岳でも一人で計8人死亡。さらに6日に奥穂高でも二人滑落で死亡、合計10人、となりと痛ましい遭難事故が連続してありました。
5日の遭難事故の死因は8人共、低体温症(疲労凍死)だった。体の中心部の温度が35度以下になると起き、最初は体温を上げるために震えなど反応がで、さらに体温が下ると意識朦朧となり、28度以下になると死に至る恐れがある病気とある。
この低体温症は夏でも起こりうる。 2009年の夏、北海道・大雪山系トムラウシ山でツアー登山客8人が低体温症で遭難死した。標高の高い山では一年を通じてその可能性があると言える。
春山は秋山と同様荒れれば冬山になります。冬山はその意識で冬装備一式を持って入りますが、春秋も同様に想定して、緊急時に使いこなさないと意味がありませんが、其れなりの装備を持ち入るべきだと思います。
白馬岳のPはツェルト、薄手の羽毛ジャケットを所持していたが使った形跡が無かったらしい。山は冬山を無理のない程度で経験した方が対処できると思いますが如何でしょうか。